ブログ-ファームと愉快な仲間たち
Vo.07 平川敦雄の歴史「道のりと思想」第五章 夢を求めて 〜余市の風土の中で〜
藤城議さんへのオマージュ
2014年3月、余市町の先進的農業者として65年間励んでこられた藤城議さんの畑を引き継ぎ、株式会社平川ファームを設立しました。余市町は日照時間が長く、北海道の中でも年間を通じて温暖であるため北海道最大の果樹産地が形成されています。平川ファームは積丹半島の付け根部分を流れるヌッチ川が生み出した丘陵に恵まれた南斜面に6haを所有し、日本海を北上する暖流の恩恵を受けた海由来の温暖な気象と、ニセコ方面から吹き付ける山由来の冷涼な気象が交わる場所に立地しています。藤城さんは余市町における桃栽培の先駆者でもあり、91歳で引退するまでリンゴやクルミ、ブドウ栽培も手掛けて、名声を博しました。特にふじ、ハックナイン、昴林、紅玉を主体としたリンゴは大玉でたいへん味がよく、また北海道の気象環境下で適応性の高いツヴァイゲルトや生食用のキャンベルを生み出してきました。平川ファームはこの年、大先輩が残した果樹栽培をそのまま継続し、それぞれ加工による商品化を目指しました。寒冷積雪地である北海道では、積雪による破損や凍害から、ブドウ樹の理想的な樹形を維持することが難しく、樹齢15年を超えると一気に収量が低下して経営が成り立ちにくくなります。欠株の増えた畑の中で生き残っていた古樹ツヴァイゲルトを丹念に栽培し、秋には腐敗果を一粒、一粒をピンセットで取り除いて高品質のブドウを目指しました。翌年、16ヶ月の樽熟成を経て、「藤城議ツヴァイゲルト2014年」が1326本限定で誕生しました。2014年のみの生産ですが、引退後の藤城さんの名を日本ワインの歴史に刻むことができました。
小さな醸造所の設立
農園の中央には、藤城さん自身が手掛けた古い農庫とトラクター用の管理機具庫があり、かつてはその中で果実の選別や出荷作業が行われていました。倉庫の中は、まるで昭和の空気がそのまま取り残されているかのうようであり、ワイン醸造の場所として未来のために残してゆきたいと決心しました。そして2015年2月、株式会社平川ファームが経営主体となり、株式会社平川ワイナリーが設立されました。六次産業化によって付加価値の高い農産物加工品を生み出すことを目標として、ソムリエの方々にも愛される、美食のためのワインづくりを目標としました。2000年以降、純国産100%のブドウからつくられるワイナリーが多く台頭し、日本ワインの世界が大きく変わってゆきました。アジアモンスーンという高温多湿の不利な環境下に負けず、日本人らしい栽培努力によって優れたワインが多く誕生したからです。そして、日本のワイン文化の中心である山梨から、北海道や長野の重要性が増しつつある今、余市は確実に日本を代表するワイン産地へと変わりつつあります。
フルーツワインへの想い
フランスの三ツ星レストランでソムリエとして働いていた時、産地個性のしっかりしたチーズとフルーツワインとの合わせ方に特別な想いを描いていました。ブルーチーズと甘口白ワインとのマッチングはよく知られていますが、チーズにチャツネやジャムの風味を添えるのと同じように、果実味と微炭酸の要素があるシードルやポワレとの相性はたいへん興味深いものです。そこで平川ファーム産のリンゴや洋梨からも、余市の風土の表現を目指したフルーツワインの製造に挑戦することにしました。余市における果樹栽培は、明治5年に北海道開拓使がアメリカ合衆国から果樹類の苗木を輸入したことから始まり、本州に負けない古い歴史があります。リンゴの栽培面積は明治30年に300ha、昭和46年には1080haを誇っていましたが、現在は農家の人手不足や販売価格の下落が加わり、現在はその80%近くが転作や消滅するに至っています。これまでの果樹栽培の収益性が変わり、栽培面積が縮小してゆく一方で、地域のワイン文化の創造や振興のためにできることを、生産者自身が考えてゆかねばなりません。そのためには、その場所でしかできない産業つくりに徹して郷土の味わいの表現に応え、強いブランドを築き上げてゆく必要があります。平川ワイナリーでは瓶内二次醗酵により醗酵由来の炭酸や澱をそのまま閉じ込め、農業の延長上にある素朴な味わいにこだわりました。そして北海道の優秀なチーズや様々な素材、飲食店の料理と組み合わせて相性を確認し、美食に寄り添えるためのスタイルを目指しました。このことは、のちに北海道大学とのコラボレーションでシードルを作ることへと発展しました。
フランスへの想い、フランス系品種の挑戦
余市の畑の中でも特に日照条件の恵まれた平川ファームでは、私がフランスで得てきたことを生かせる素晴らしい自然がありました。山々からの強い風を受け、雪の重みで全ての雑草がなぎ倒されることを繰り返して数千年、標高30m〜40mの穏やかな南斜面に、排水性と高い地温効果を持つ真っ黒な腐植土が形成されており、余市を代表する銘譲畑となることを確信しました。藤城さんが残してくれたドイツ系品種の成長や糖度は素晴らしく、また将来的な気象変動の結果を考慮すると、より厳格なフランス系品種に挑戦すべきという思いがありました。そこで主品種であるケルナーに加えて、ソーヴィニョン・ブラン、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・ブラン、ピノ・ノワールといった冷涼地に向くフランス系品種の植付けを行いました。気象変動の影響に負けない栽培管理ができるよう、全体の7割を白ブドウの栽培面積に充てました。やがて、試験栽培であったシャルドネにも酒質が見出せたこと、更には、北海道の産地形成に多大な影響を与えたミュラー・トゥルガウの酒質も確認できたことで、挑戦と原点回帰の精神を大切に、品種と自然との調和を目指しました。そして、ブルゴーニュのように、品種の味わいではなく、土地の味わいの創出を追求するため、ラベルには一切、品種名を記載しないこととしました。現在、農地の経営面積は12.9ヘクタールまで拡大し、約6割が栽培区画となりました。
Second Vin ®︎の誕生
かつてフランスの伝統産地で働いていた時、ファーストワインの醸造はむしろ簡単であり、技術の適用を必要とするセカンドワインをつくることの方が難しいということを何度も実感しました。そこで、グランドキュベに達しないワインを「スゴンヴァン」として、呼称のブランド化を目指しました。世界の銘醸ワインの生産者は、セカンドワインが素晴らしい、という想いを追求したワインで、のちのちに赤、白、ロゼの3色のワインが揃うことになります。北海道の気象環境下では、遅摘みにしたり、たくさん収量を得ようとすると、光合成によって得られた、越冬養分となる炭水化物がブドウ樹体内に不足し、経済寿命が極端に低下します。このため年間を通じた植物栄養と植物生理を考慮した栽培が求められますが、スゴンヴァンとなるブドウは総じて早めに収穫を行い、その後の同じ樹に残された高品質のブドウの遅摘みを可能とするための、醸造技術とブレンド技術に力を込めたワインとなっています。
品種と世代を超えて
世界の産地では、栽培条件の悪い立地から非凡なワインをつくるのは極めて困難である一方、銘譲畑のブドウは醗酵期間中も問題が起こりにくく、ワインの個性が自ずと示されてきます。醸造者による科学的見解の深まりや技術革新は、伝統産地のみならず、世界あちこちで数々の素晴らしいワインを生み出しました。最終的に風土の味わいを表現するということは、伝統産地の生産者が歩んできたように、ひたすら畑のエレメントの追求し、品種の特徴を超越することなのだと思います。世界でその場所でしかできないという畑の個性が根源的な農産物的価値となっており、大地の力の表現であり、農業者の考え方の表現でもあるという姿に理想を抱きます。ワインの本質を追求すると、ローカル思想の創造は重要です。そのためには西欧の伝統産地が実践してきた様に、小規模であっても農業者が六次化したワインづくりであるべきだと思います。北海道の厳しい気候風土からも本場フランスの食卓で楽しんで頂けるワインができると確信しています。アジア北限帯の銘譲ワインを目指すという強い気持ちと共に、平川ワイナリーのワインに、余市の自然を忠実に表現した、農業者の思考を映し出してゆきたいです。藤城議さんは畑とワイナリーの変遷を見守りながら2016年に他界されました。病院にお見舞いに訪れた私に「どうぞよろしくお願いします。」と深々を頭を下げられたままで扉を閉めたのが最後となりました。北海道の中でも別格と言われる、大先輩が愛した南斜面から世界に誇れるワインを生み出せる様に努めてゆく覚悟です。
考え直すこと、挑戦すること
2016年6月、私は、北海道庁の事業である“北海道ワインアカデミー”の開講式でご登壇頂く先生をお迎えに、受託者代表として余市から新千歳空港へと車を走らせていました。がむしゃらに生きていた当時26歳の私に「人生考え直せ」という言葉を電話越しに発せられた、まさにその先生とお会いする瞬間が訪れたのです。17年という長い歳月を超えて、ワイナリーの経営者として先生にお会いできる運命が巡ってきたことに、特別な想いを感じました。人生には、人を全く違った方向に歩ませてしまうような出会いや言葉があります。まだ若い私にこの言葉への試練はたいへんにつらいもので、日本人と会うことがない南仏の小さな村で3年間、ブドウ栽培家として過ごす道を歩みました。そのことは、その後、フランスの農学部門で最難関と言われるアグロモンペリエに挑戦し、醸造家とソムリエ2つの職業を両立させるという夢へと発展しました。先生との移動時間に蘇る記憶と再生。心の中で、私の人生を大きく変えることになった先生の言葉に感謝をしました。
投稿日:11:44 AM | カテゴリー: ストーリー